音楽千夜一夜物語 第八十三夜 "Make Me a Memory (Sad Samba)"(1980) / Grover Washington, Jr.

Posted on

Grover Washington, Jr. - Make Me a Memory (Sad Samba)

大ヒットLPの中の誰も知らない曲 その1

「歴史的名盤」「一家に一枚」と呼ばれるLP盤の中にも、良い曲なのに、誰にも知られず話題になることのない曲があります。

日本の洋楽史に燦然と輝く謎邦題『クリスタルの恋人たち』の最後を〆る、極上のメロディと演奏、もう最高です。 …でも、この曲を知っている人、殆どいませんよね?

この一つ前の曲は、大ヒットした ‘Just the Two of Us’。 大概の人、と言うかこのLP持っている人、全員、この曲を聞き終わって、レコードを止めてしまうんでしょうね。

それにしても、 Grover Washington, Jr. 、このアルバムでの演奏は、テクニックと感情が、ものすごく高い次元で融合しているのが分かります。

「感情が先走っても、心技体が乱れ、美しい演奏にならない」
「技量だけでは、嫌味で冷たい感じに映ってしまう」
と言うアンビバレンツ、全部、回答は彼の演奏の中にあります。

ちょっとでも力を入れると音が割れる、弱いと楽器が鳴らない故、鳴らすのが難しい、テナーサックスと言う楽器を、ここまで優しく滑らかに鳴らす、全てが流れるような運指で寸分のひっかかりもない。

勿論、他のバックメンバー、作曲陣、プロデューサー、全員が繊細な意識を払って、このアルバムを作ったのです。 

これはもう、剣術の達人の紙一重の見切りの技を観る思いです。

まだ駆け出しだった頃の Marcus Miller の泳ぐようなメロディを弾くベース、 Ralph Macdonald の仄かに揺らぐカリプソ風味のパーカッション、 優しく包むような Richard Tee のエレクトリック・ピアノ、 その上で滑らかに吹く主役のサキソフォーン、全員が、最後までこの作品(LP)を完璧に作り上げて、そして終わらすんだ、と言う物凄く強い鉄壁の意思。 今、聴いても流石だと思います。1


  1. 2020/03/20 に書いた文章に加筆訂正しました。 ↩︎